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高松高等裁判所 昭和27年(う)1067号 判決 1954年1月19日

控訴人 被告人 日村沢次郎

弁護人 山中伝 検察官 西川精開

検察官 高橋道玄

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

理由

被告人並に検察官(高知地方検察庁検事正検事西川精開)の各控訴趣意は夫々別紙記載の通りである。

被告人の控訴趣意第一点について。

論旨は要するに原判示第一の事実は脱税ではなく税の延滞であつて滞納処分により解決すべき案件であり、原審が有罪の判決をしたのは法の解釈を誤つていると謂うのである。しかし本件につき原判決が適用した旧地方税法(昭和二十五年七月三十一日法律第二百二十六号による廃止前のもの)第百三十六条第二項は地方税の特別徴収義務者(旧地方税法第三十六条参照)が徴収すべき地方税を徴収せず、又は徴収した地方税を納入しなかつた場合の処罰規定であつて、右後者の場合においては特別徴収義務者がその徴収した地方税に相当する金額を条例で定める期日までに(同法第三十七条参照)故意に府県又は市町村に納入しなかつた場合、右不納入罪が成立するものであり、その際特別徴収義務者において所論のような不正の方法を用いることは右罪の構成要件をなすものでないと解しなければならない。即ち地方税の納税義務者については詐欺その他不正の行為によつて税を逋脱しない限り単なる滞納のみによつては犯罪を構成しないけれども、地方税の特別徴収義務者については右の如く特別の処罰規定を置き徴収した地方税を納入しないことにつきこれを処罰することとしているのであつて、本件は単なる税の延滞に過ぎないとする所論は納税義務者の場合と特別徴収義務者の場合とを混淆しているものと謂はなければならない(最高裁判所昭和二五年(れ)第七六六号昭和二六年三月一五日判決参照)、而して原判決挙示の各証拠を綜合すれば被告人は入場税の特別徴収義務者であつたところ、原判決認定の如く徴収した入場税(県税)を所定の期日迄に高知県金庫に納入しなかつた事実を十分肯認することができ、原判決が本件につき旧地方税法第百三十六条第二項を適用処断したのは蓋し正当であると謂はなければならない。尚本件告発は国税犯則取締法第十四条第二項(旧地方税法第百二十六条の二参照)によりなされたものであり、高知県税事務所長において犯則の心証を得且つ犯則者通告の旨を履行するの資力がないものと認めた以上、その告発は適法であつて、告発に先立ち犯則者に対し国税滞納処分の例により処分をなすこと等は必ずしも必要ではない。犯則者に対し刑事責任を問うことは納入しなかつた税金の徴収とは別個の問題であり、本件記録を検討し論旨の主張するところを考慮に容れても本件告発が不適法又は不当であるとは見られない。これを要するに原判決に事実誤認又は法律の解釈適用を誤つた違法はなく、論旨は採用できない。

同第二点について。

論旨は原判示第二の事実は被告人において入場税を減免されるものと信じていたものであり且つかく信ずるにつき過失がなく犯罪を構成しないと謂うのである。仍て本件記録を精査して考察するに原判示第二の各入場税は当時高知市において開催された博覧会に附随して催されたサーカス、化物屋敷等の臨時の催物に対する入場税であるところ、他の都市においては博覧会附属の催物に対する入場税を全額業者に還元し又はその税率を減じた例があること並に被告人は高知市当局及び県総務常任委員会等に対し博覧会附属の興行に対する入場税の減免方を陳情した事実は本件証拠上これを窮い得るけれども、結局高知県当局は原判示第二の各催物につきその入場税を減免した事実はなく、各催物終了当時において入場税特別徴収義務者である被告人はその徴収した入場税を県へ納入する義務のあつたことは明かであると謂はなければならない。而して臨時の興行については特別徴収義務者はその興行終了の日又はその翌日に徴収した入場税を県金庫に納入しなければならないことは原審第十三回及び第十四回各公判調書中証人大坪岩男の供述記載に徴し明かであり、被告人が原判示第二の各催物終了の翌日迄にその徴収した入場税を県金庫に納入しなかつた以上旧地方税法第百三十六条第二項の罪を構成するものと謂はなければならない。原審が取調べた各証拠を検討し論旨主張の諸点を十分考慮に容れても被告人に犯意がなかつたものとは見られず、原判決の事実認定及び法律の適用は相当であり、また本件告発並に公訴の提起が所論の如く不適法であるとはいえない。論旨は理由がない。

検察官の控訴趣意について。

論旨は原判決の科刑は甚しく軽きに過ぎ不当であると謂うのである。仍て本件記録を精査して考察するに本件は原判決認定の如く被告人がその経営する朝日劇場の入場税合計六十八万余円及び木下サーカス等の臨時催物の入場税合計百万余円を特別徴収義務者として入場者より徴収しながらこれを県金庫に納入しなかつた事案であり、その不納入額は相当多額に達している点興行物の入場税は一般大衆より徴収したものである点、その他地方税の重要性等より観れば本件の犯情必ずしも軽いとは云い得ないけれども、当時右朝日劇場は経営不振に陥つていたこと、原判示第二の各催物は当時高知市において開催された博覧会に附随する催物であり他都市における博覧会附属催物の例にならい被告人は入場税の減免を期待していたことその他記録上窺える諸般の情状を彼此斟酌すれば、原判決の罰金刑(総計六十六万円)が必ずしも軽きに失するとはいえない。従て論旨は採用し難い。

よつて本件控訴はいずれも理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条により主文の通り判決する。

(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 浮田茂男)

被告人の控訴趣意

第一、公訴第一事実は罪を犯す意企なき行為で罪となる認識を欠いだ行為で無罪である。本事実は脱税でなく納税の延滞である故に告発によつて公訴提起すべきものでなく滞納処分をなすべきものである。

一、徴収した地方税を納入しなかつた者の意義地方税法第一三六条第三項は前二項の場合に於て地方団体は其の免れた税、徴収しなかつた税金を徴収すると規定しておる。此の意味は徴収した税を納入せず其の為めに其の税金を免脱して利得することを意企して入場券をたらい廻して免れたり虚偽の申告をしたり券を偽造したりする脱税行為の認識があつてその行為の結果税を免れたる場合に限る。刑法に人を殺した者は殺人犯、自己の占有する他人の物を横領した者は横領罪となると定めてあるが何等罪となる認識がなく自然の成行で一定の結果が出来たとしても罪となるかを考へれば右第一三六条二項の規定と謂も刑法総則の規定が適用されるるは明かである。

二、県税調定額の決定と納税告知書は行政処分である。(1) 第三六条は地方団体は左に揚ぐる税目について其の徴収の便宜を有する者をして之を徴収させる事が出来る。二、入場税、七、遊興飲食税。(2) 第四一条特別徴収義務者が地方税を期日迄に納入しない時には督促状を発しなければならない。(3) 第二四条督促状を受けた者が指定期限迄に税金を完納しない時には県徴収税吏員は条例に定める期限内国税滞納者の例により之を処分しなければならない。(4) 特別徴収義務者は納額報告書により自己が入場料と共に徴収した税額を申告する。此の時不実の申告をしたり実際入場券の枚数は合つてゐてもタライ廻しして二重三重に行使したり券を自己が偽造行使したりする時は免脱税となる。(5) 県は右申告の真否適否を検討して真正なる申告と認めた場合又は真正ならずとせば実体調査をして県税調定額を決定する。此の決定が出来たならば県税台帳に記載し外部的意思表示として納税書を徴収義務者に通達する、之が県税徴収の源泉である行政処分であつて此の調定決定処分の効果として県は県税取立の債権を有し特別徴収義務者は此の行政行為の効果として県税納付の債務を負担するに至る。従而此の調定額決定処分を誤まらしむる行為が申告者にあつた時は脱税となる。又調定額決定後に其の処分を誤らしめた行為が後日発見されたならば調定額の更正となると共に事後に脱税は発見追及さるることとなる。(6) 調定額が確定すると納税告知書に期限をつけて発行する。其の期限日に納入しない時は督促状を発行しなければならない(第四三条)(7) 督促状の納期限に完税しない時は第二四条規定によつて県徴税員は(一)条例の定める期限内に(二)国税滞納処分の例により(三)之を処分しなければならないとの明文がある。県条例の定める期限内に処分を国税滞納処分の例によるから差押をして公売をしなければならないのに県税徴収吏員は之をなさずして本件告発をしたのは地方税法第二四条の違反である。私見であるが法第二四条所定の処分に先行して告発をなすべしとの規定はない。告知期日に納付しない事実が全部税法違反になるとすると第四一条の督促規定並に第二四条の滞納処分の規定は一切空文になり其の適用の余地はなくなる。起訴状は納税期日に納税しない者は全部脱税者なりとの立論に立つているから期日を一日でもおくれたら犯罪なりとの結論になり滞納国民は公部被告人となる。(8) 前税務課長大坪証人作成の証第拾号に見る入場税について昭和二十四年度調定額に対する未納税額五百七拾八万七千余円、昭和二十五年度調定額に対する未納税額金千八百四万四千余円合計金弐千参百八拾参万壱千余円であるから検事所論の如しとせば此の金額は金部脱税となる。此の内四拾分の壱に当る本件六拾八万余円の延滞のみ告発され公訴の対象となることは余りにも不公平であり尚同種徴収関係にある遊興飲食税の徴収状況等考合する場合到底脱税の観念を容るべきでない。(9) 殊に本件は公訴提起前一ケ月即ち昭和二十五年十一月三十日差押をした。(一)差押調書に犯則税額と書かずに左記県税徴収の為め財産差押するとあり、(二)滞納金と書いて昭和二十四年十一月十二日昭和二十五年一、二、三、四、五、六、七、月期分入場税金とあり、更に督促手数料九拾円と書いて尚滞納処分費拾万五百弐拾四円と書いてある。本差押調書と起訴状とを照合してみると、昭和二十四年度分四、五、六、七月の四ケ月のみが差押税金からもれてゐるの外全部起訴の客体と差押の客体と同一である(証一号と起訴状の表と照合)。(三)原審提出証十一号の組合理事作成の評価書によると第一から第十一に至る差押物件の価額は金壱百八拾万円の評価ありとの鑑定である。検事は差押物の価格が安価の様な言を述べたが徴税吏員が九ケ月分引当税金に差押へた事実と公正な組合理事の鑑定書により検事の言分は伝聞者より又聞きの勝手な議論で取るに足らぬ、一方には税金引当の財産差押をして公売すれば先取特権で税金徴収の見込十分であるのに更に之に二重に刑事処分をすることが果して財政確保を目的とする地方税法本来の使命であろうか、斯る不当苛酷な処置を税法は目的とするものでなく断じて本公訴告発は不適法なりとして公訴棄却さるべきものである。(10)更に証第二号は差押当日昭和二十五年八月分入場税に金五万円入金となり越へて昭和二十六年一月八日証第三号は右八月分残税金弐万五千七百参拾五円入金八月分完納昭和二十五年度延滞金として金弐万五千七百四拾五円を徴収しておる。証第四号は差押税金昭和二十五年七月分入場税に金弐万円を納入しておる、右証第三号の示す通り告発庁たる県自体が昭和二十五年度分の延滞金弐万五千七百四拾五円を公訴提起後の昭和二十六年一月八日に延滞金として徴収した事実そのものが犯則金でなく延滞金であることを自認した証拠である。高知県は滞納税金引当の財産を被告人が自発的に提供して差押をして貰い壱銭の損失もかけない様に取立税金を確保しており何時でも差押物を処分したら滞納税金は取立てが出来る状態にありながら之が処分をしないのは滞納金より後の毎日の興行税金を取立てて県財源を確保せんが為である。本件は何れの見地よりするも脱税でなく税の延滞であることは歴然たる処であくまで滞納処分で解決すべき事件であるのに原審が有罪判決を為したのは法の解釈を誤り又事実を曲したもので原判決を破毀し無罪の判決をなすべきは当然なりと思料する。

第二、公訴事実は特別事情ある場合に該当し税金を減免さるものと信じ又信ずるに付いて過失なき行為であつて罪とならない。

(一) 法第二九条は県知事は天災其他特別事情ある場合、特別事情ある者に限り議会の議決をもつて地方税を減免する事が出来ると規定してある。(1) 正に博覧会並に之が附属興行は特別事情ある場合に該当する。(2) 高知市は博覧会の開催者であつたから県条例の規定によると毎日翌日に入場税を県金庫に納入するか又は原審証人の言の如く博覧会終了直後に入場税を県金庫へ納めなければならないのに五月に終了した博覧会の入場税の解決したのは同年八月頃で県と市と交渉の末入場税金額を還元することに決定したので総額金九百六拾万円を一度に納入した形として県から高知市に交附金として還元して無税とした、此の処置も県議会の議決に代る議員総会の決定で総務委員会一任として該委員会が議決して県は右執行した。此の場合でも検事は催物終了の翌日納税すべきであるから高知市が五月から八月迄滞納した事実は当然起訴されなければならぬ筋合となる。(3) 日村の本件興行も博覧会と表裏一体の事業であつたから高知市主催の入場税と同様に取扱はれる状勢であつたから県税務当局も税金の取立を行はず単に報告書を受取つた侭であり本人も無税を信じていたので納税を見合せて其の代りに博覧会を援助する意味で入場料を安く経営した。殊に日村は開催事前から開催中又は終了後も引続いて岩川助役を通じ、又は自分自身で入場税減免方を県に陳情して来たものである。(4) 当時の県議会と県知事から附託されていた総務委員会に於ても当時委員であつた原審の刈谷証人、長尾証人、利岡証人等の証言の如く高知市と同様に入場税額を還元してやるか減税してやるか賛否の意見があつた由である。附託委員会が未決定の間に博覧会が終了したから主催者日村の使用興行者は減免して呉れると信じ其の立前に於て日村との計算も終へて他府県へ帰つて行つた。(5) 之を裏付ける証拠として(一)証第七号名古屋市長の回答書入場税相当額を補助金として交付さる様交渉中との文書(二)証第八号米子市長の回答書一、サーカス海上館古代動物展お化屋敷は場内で直営形態をとらず各業者に自営さした。二、右開催物は博覧会と入場者数と相関係を考慮し、三、入場税は全額県より会へ還元せしめ、四、之を奨励金の形で全額業者へ交付したとの書面等により此の書面の到達以前に日村は各地博覧会と附属興行との関連により入場税の特別取扱あること確信しており右の書証と事実の例により日村が斯く信ずるに過失なかりし事を推定するに足る。(6) 県議会より取寄せたる書証昭和二十五年六月二十一日と同二十二日の総務委員会の議事録によるも委員会は市当局を通じて県の執行当局と事務的折衝をして貰いたいと日村の陳情に答へた。議事録の記載よりするも当時未だ減免の採否未決定なりし事実を知るに充分である。(7) 処が原審証人田中の証言によると、一、昭和二十五年六月十六日県税調定額を決定して県税台帳に書いた。二、右同日付で六月二十日を納税期限として納税告知書を日村に発送した。三、同年六月二十一日付で期限を七月四日として督促状を出したと言う、臨時興行が普通事情であれば起訴状添付の開催期間にみると同年五月九日のサーカスが最後で他は五月八日以前に終了している、其の県税調定を六月十六日迄しないのは右に述べた特別事情があつて高知市と県との交渉が妥結しない事に基因したことの証左である。四、起訴状や原判決の示す処によると日村の催物終了の当日は(一)昭和二十五年五月九日、(二)同五月七日、(三)同五月九日、(四)同五月八日、(五)同五月九日、(六)同五月八日に当るから終了当日が其の翌日に納付しなかつた事実が犯罪になるとの認定であるが日村の特別徴収義務者としての納税義務は催物終了の当日又は其の翌日は発生しておらない。原審証人田中担当徴税吏員の証言によると昭和二十五年六月十六日県税調定額を初めて決定して県税台帳に書いて六月二十日を納税期限として納税告知書を日村に発送したと言うのであるから、税を納めよとの徴税命令のない昭和二十五年五月九日当時には日村に納税義務もなく納税の義務違背もないことは明白で、此の点に対する原判決の認定は誤りである。日村が納税義務を負担したのは昭和二十五年六月二十日当時即ち納税告知書を受領した当日である。少くとも催物終了当日から空白四十日をおいて納税義務の存否が決定した此の事実は法第二十九条の特別事情ありたるによることは多言を要しない。而も日村に税をとるかとらぬかの決定に空白四十日をたたしめたのは高知県の責に帰すべきで此の間再三交渉陳情に行つた日村に何等の責はない。(8) 更に同年六月二十一日は所管委員会の開会日で何等かの線が出るものと税務課は期待した形跡が見えるが翌日の議題に持越されたので手廻しよく督促状を其の日に発行したものと見へる。其の翌日も右述の通り結論に至らず七月をまたいで八月に入つて市の入場税のみが交附金で出されることになり日村の附属興行が減免されないことが此の時決定したので全く意想外の決定に手も足も出ない窮地に陥つた事態となつたものであつて斯くなつた以上は長く割払いか何かの方法で納税する外なしと決心したものである。此の間、脱税の意思なかりし事は田中証人証言の通り正直に申告している事実で明かな通り減免を確信し又確信するについて過失なき行為で罪となるべき事実でなく要は興行実施中又終了直後税のとれる時に之を取るか取らぬかの決定を為さず単に報告書を受取つた侭として納税告知書を発行せずに置いて日村の雇つた興行者がちりちりに分散した後に税のとれない実情に追込まれた時に突如として納税命令を出しても即時に納税出来ないのは当然と言はねばならない。徴税主体たる県自体が徴税するや免税するやの決定をおくらしたり其の間税金取立の何等の方法を講ぜず放任しておき而も他府県は同一事件に対して減免の措置を講じたのに他府県と異例な取扱を決定した事態に於て免脱税として告発することは告発権の濫用と言うの外はない。斯かる場合にこそ分納其の他の話合を遂げ順次に徴税を為すべきであり、尚且つ徴税目的の達成不可能のときは差押物の処分即ち滞納処分により行政行為を以て解決すべき案件にして本件公訴は不適法として棄却するか、又は原判決は法の解釈適用を誤りたるものとして破毀し無罪の断を下されん事を願うものである。

検察官の控訴趣意

原判決は刑の量定が甚だしく軽きに過ぎ不当である。

本件事案は以下述べる通り各般の情状に照らし原判決はその量刑甚だしく軽きに過ぎるものと思料する。即ち一、抑々租税は国又は地方団体の存立上欠くべからざるものであり、脱税は国又は地方団体の財政を危機に陥入れるものである。租税の徴収に当つては、いやしくもそれが他から侵害を受けて歪められることなく、完全に所期の目的を達し得て、初めて課税の充実と財政需要の充足とが期せられるのであつて、若しここに国又は地方団体の租税の徴収に関する財政権が不当に侵害せられるならば財政需要に欠減を生ぜしめる許りでなく、納税者間における負担の権衡を失することとなつて、課税の適正公平を完うし得ないことになる。従つて国又は地方団体の財政を擁護するためには刑罰権の作用によつて脱税者は勿論、租税に関する義務に違反する者をも厳重に処罰する必要がある。地方税は地方団体がその財政的自治権に基づいて徴収する租税であるが旧地方税法(昭和二十三年七月七日法律第一一〇号)において新たに罰則なる一章が設けられ脱税等に関する罪、申告義務者等に関する罪及び秘密漏えいの罪を規定し罰則を著しく加重したのも畢竟同法に新たに入場税、遊興飲食税、木材引取税等が加えられると共にその税額が著しく増加したこと及び経済状勢の激変並びに納税思想の低下によつて地方団体の財源確保に関し極めて悪質のものが増加し従来の如き軽易な罰則では到底その違反を防止し得ないのみならず、その動機及び手段についても反社会性、反国家性が認められて来たことに基づく。地方税法上の租税犯処罰の目的が右の趣旨とするならばこれが地方団体の財政権を侵害し又はその侵害の危険を生ぜしめる行為はその額の多寡を問わず軽視さるべきではない。殊に本件は被告人がその経営する朝日劇場の昭和二十四年四月分から昭和二十五年六月分までの入場税合計六十八万八千二百八十円七十銭を、又その主催した木下サーカス等の臨時の催物の入場税合計百万七千五百三十九円を所定期日までに県金庫に納入しなかつたものであつて、その額においてこの種違反行為としては必ずしも大口とは言い得ないかも知れないがこれに対し不納入額の僅々三分の一の罰金刑で処断するが如きは前記地方税法違反の処罰目的を没却するのみならず一般世人に対し裁判に対する信頼感に疑惑を与え他方被告人に対しても地方税法を蔑視するに至らしめ刑の目的を達し得ざるに至る結果を来しその失当なることは敢て多言を要しないところである。二、租税犯は刑事犯の如く犯人の罪悪性を処罰するためのものではなく前記の如く国又は地方団体に財政上の損失を生ぜしめないことを確保することを目的とするのである。従つて義務違反者の動機の善悪犯情の如何はこれを問わない。旧地方税法が刑法総則の「酌量減軽の規定」(刑法第六六条)の適用を排除しているのもこの意味において理解されるべきである。被告人は原審公判廷において入場税を納入しなかつた動機として「朝日劇場の分については経営不振で収支が償わなかつたものであり木下サーカス等臨時催物の分については入場税が余り高かつたのでこれを全国的の基準までその税率を引下げて貰つた上納めようと思つていた」と弁疎しているけれども(記録第二百三十九丁、第二百五十八丁)斯くの如きは何等被告人の本件違反行為の情状を斟酌する事由とならないのは勿論、殊に被告人が既に入場税を徴収しており乍ら故らに県金庫に納入しない態度に至つては些かも同情の余地がない。証人横田茂男も「日村沢次郎を地方税法違反として告発するに至つた理由は同人が臨時の催物について昭和二十五年三月から五月まで約百万円の入場税を滞納し、度々督促したにも拘らず納入する意思が全然なかつたので他の映画業者に悪影響を及ぼす虞があり仕方なく告発した」旨証言し(記録第百五十七丁)被告人の犯情の極めて悪いことを明かにしている。三、或は高知市が主催した南国博覧会の入場税は一旦県金庫へ納入したがその後同市へ交付金名義で還元されているのでこの故を以て被告人の本件違反行為の量刑をも斟酌したとするならば到底首肯し得ないところである。蓋し被告人の主催した木下サーカス等臨時の催物も右博覧会に際して開催されていることは明かであるが、高知市の場合は地方公共団体であつて公共の福祉を図るためにこれを開催し被告人の如く唯個人のみの営利を目的として開催したものとはその趣を異にしており、これを同一に論ずることができないからである。而も高知市の場合は証人岩川真澄の証言によれば、昭和二十五年十月頃右博覧会の入場税九百六十万円を一旦県金庫へ納入しており(記録第百七十九丁)その後この交付金は高知市中央公民館及び長浜中学校の校舎建築の費用等公共事業に充当されておるに対し被告人の場合は私利を図つてその徴収した入場税を県金庫へ故意に納入しないものであつてその情状において格段の差異がある。四、或は更に記録添付の差押調書、領収証書によれば朝日劇場備付の映写機等が高知県税事務所によつて差押えられているので、この点を量刑につき斟酌したとするならばこれ亦到底首肯し得ないところである。被告人は右差押物件は時価二百五十万円の価値があると主張するけれども、現実には競売しようとしても右は特種な物品であるため容易に買手がなく強いて処分すれば極めて安い価格でしか売却できないので高知県税事務所としても証人和田清が証言する如く右物件を一応差押えたがこれは唯滞納入場税の分割払を実行させるための手段に過ぎなかつたものである。(記録第二百六十五丁)而も被告人は滞納税金支払計画書を同事務所に対し提出しておき乍らその後も全然誠意なく証人横田茂男の証言によつても明かな如く右計画書によれば昭和二十五年十一月以降昭和二十七年三月までに合計百七十五万円を支払う様になつているに拘らず僅かに昭和二十五年十一月に五万円、昭和二十六年一月に二万五千七百三十五円、同年二月に二万円を納入した丈けで残金は現在に至るも全然納入しておらない状況にあつてその情状は極めて悪い。(記録第百五十七丁)然るに斯る被告人に対し原審判決の刑の量定は不納入額の僅々三分の一に相当する罰金に過ぎず斯くては被告人をして既に見物人より徴収した入場税を不当に利得せしめる結果を招来し租税犯に対する刑の目的は到底達せられないものと思料する。五、これを要するに原審裁判所が租税犯の処罰目的を没却し斯る悪質なる被告人の本件違反行為を右の如く極めて軽い罰金刑で処断したのは極めて失当であつて、刑の量定が甚だしく軽きに過ぎるものと思料する。若し斯くの如き判決を是認せんか、将来当管内におけるこの種事件の科刑総て軽きを来たし一般世人をして法に対する尊厳の念を失わしめこの種事犯を更に頻発せしめる悪結果を残すものであつて延いては裁判の威信をも失墜するに至らしめ、その及ぼす影響は尠くないものと信ずる。仍て刑事訴訟法第三百八十一条に該当する事由あるものと思料し控訴を申立てた次第であるから速かに原審判決を破棄せられたい。

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